PAINT
IT'S BLUE!
Let's spend together・・・
ただ今準備中です。ごめんなさい。
『 透明とは、蒼だ。
限りなく透明に近いブルーというのがあったけれど、僕には、限りなく蒼に近い透明
の方が似合っている。 』
そう言って消えたきりなのは、瀬川圭介、俺の悪友だった。
俺は今、そいつの妻である女性と暮している。
義理堅い性格ってわけでもないけれど、あいつは消える前に、
『僕の圭子をよろしく』
と、言い残していたからだ。
もともと勝手な奴だった。
周囲の猛反対を押し切って学生結婚し、結局、諦めた親の援助で、多少のバイトをしながら
優雅に暮していた。
それが、突然いなくなったのだ。
圭子さんは、俺のところに来た。
「圭介さんが、ここで待っていろって、言ったから……」
それから、もう1年がたとうとしている。
あいつが、何を考えているのかは、全くわからない。何も考えていないから伝わらないのだと思えるくらいに。
しかし、奴ほど、考えている奴もそれほどいないだろう。
考えるのなら行動を押さえるとかあ、行動するのなら、少しは考えないとか、バランスを取ってくれれば
いいものを、あいつの場合は、脳細胞が、そのまま仲介なしに、手足に直結しているようだ。
それでも不定期に何かが届く。手紙というよりメモだった。他人ずてに渡ってくる。
最近のものには、
『愛しき圭子。親愛なる啓示。早春の声を聞いた。うるさいくらいだ。僕は今、寂しい。
寂しいけれど、不幸ではない。ラクダがいるよ。楽しそうだ。圭子も啓示と見てみるといいよ。
僕が見えるかもしれないから』
そのおかげで、動物園にゆくはめになった。
圭子さんは素直だ。
素直にあいつを愛して、素直にあいつを理解している。
「圭介さんが見えるわ」
ラクダを通り越した瞳をして、微笑んでいた。
俺には少しも見えない。
見えないけれど、圭子さんがあいつを見ている笑顔を見ているのはいい。
だからと言って、俺まで圭子さんを愛しているなんて訳ではない。
休学中の圭介を置き去りにして、俺はサラリーマンになってしまった。
そろそろ新人扱いでもなくなる。
圭子さんは、やっと短大を出て、これからどうするのかは、よくわからない。
あいつを待っていることだけが、圭子さんのすべてだった。
「まーだ、圭子ちゃん、居るわけ?」
響子は言った。響子の部屋は殺風景だ。
「ああ」
「なーに、考えて生きているんだか。あの二人。あなたもあなただけれども」
響子は、ビンビンに突っ立てた髪を撫で付けながら、俺の隣に滑り込んできた。
「お前だって、好い加減、お遊びのパンクなんて、辞めとけよ」
「アッハ。あたしからコレ取っちゃったら、あたしでなくなるもの」
「……。まぁな」
「せっかく、声まで潰して、ジョン・ライドンを出せるようにしたんだから」
「ジョニー・ロットン」
「そうね。パブリック・イメージじゃダメか。大人はダメだわ」
好い加減大人の響子の声は、確かにジョニーに近い。近いけれど、女だ。
妙にデヴィッド・シィルビアンだったりもして。
圭介がそうだった。華麗なる貴公子のパンクス……。
18の時に、ライブハウスで見つけた二つ年上の女。バンド同志で、気が合った。
ジョイントで奏ったら、えらくはまった。
響子はナンシー・スパンゲンばりの派手さ加減で、俺はシド・ヴィシャスばりのベーシストだった。
5年も前のことか……。
俺がとっくに捨ててしまったものを、こいつは、今でもしっかり掴んでいる。
そんな部分が俺と響子の、お互いに離してしまえないところなのかもしれない。
響子はナンシーというよりは、スージー・スーに変わっていた。
クリッシー・ハインドになりたいのだそうだが、髪を切るのは、嫌だと言う。
「本当に、圭子ちゃんとは、何にもないの?あたしに義理立てしてたって、しょうがないわよ。
いつも言ってるけれど、抱いてあげたら」
「バーカ。天使の相手はご免だよ」
圭子さんを天使と呼んだのは響子だ。
圭介も圭子さんも。忘れ去られた天使なんだそうだ。ただ馬鹿だからだということらしい。
響子のそんな部分が、俺には必要なのかもしれない。
「男はあなたで充分だわ。面倒臭いだけだもの。スーツだって、裸になれば同じだし。
似合って来たのは、淋しい気もするけれど……」
響子は床のタイを拾い上げると、俺の首に巻き付けて、蝶結びを作って笑った。
頭上の壁に、斜めにぶら下っているシャガールのレプリカが、カタカタと揺れた。
圭子さんは、俺の帰りも待っている。それでも、たまには帰らない。
「響子さんとはいつ結婚するんですか」
微笑みながら不思議そうに訊いてくる。
天使なので、俺達の関係を説明してもわからないだろう。
「圭介が帰って来たら」
俺は答える。
本当に帰って来たら、圭子さんは、そんなことなど忘れてしまうに違いない。
圭子さんは、二十歳になっても少女のままだ。
圭介は直感したと言っていた。
『俺が生まれて来る時に、置き忘れて来たものを届ける為に、後を追って生まれて来た。
これが圭子あんだよ』
あいつが18の圭子さんにプロポーズしたのは、街ですれ違ってから5日目だった。
『僕と君は二人で完全なんだから、出会ってあいまったからにはもう離れられないんだよ』
それがその時の言葉だったと言う。
俺は呆れ返ったが、圭子さんは、コックリと頷いたそうだ。
響子は、『らしい。らしい。圭介してるよ。本当にいつでも』と大笑いした。
二人の婚姻届けには、成り行きで俺と響子のサインがある。
圭子さんの無垢さは、真っ白というよりは、あいつの愛するような透明なので、
何もで素直に受け止めて、自身の身を染めることはない。
響子を見ても微笑んでいたし、
ライブハウスのパンクス達の中でも、荒波に舞う蝶々のように漂っていられた。
圭介という風に乗って……。
大胆にと言うよりは、ごく自然に人込みの中でキスしてしまえる、そんな二人だった。
「いらっしゃいよ。今週の土曜日。新曲を奏るのよ」
「あれか?」
「そうよ。アレンジ変えたら、割と歌えるようになったのよ」
「聴かせられるって言って欲しいね」
「アッハ。それもそうね。勿論よ。圭子ちゃんも連れて来てよね。圭介の歌なんだから」
「ああ」
圭介は、たまに作詞していた。無理矢理響子に書かされていたと言う方がいいかもしれない。
だから、ますます、訳のわからない詞になる。それが面白くって、書かせていた。
一年かけて日の目を見ることになったのは、『PAINT IT’BLUE・・・』
『 欲しいのは、BLUE。
太陽光線、掻き集めて、この手に乗せた。
熱くはないさ。BLUEだから・・・。
透けてしまった。皮も肉も骨も。
シンドロームで、ずっと透けて、BLUEだけが、突き抜ける。
いい日だ。
透明な手のひらで、ギタアを撫でると、蒼ざめた陰が揺れ、蒼い音が震える。
甦れ! 未来に溶けていったもろもろの記憶。HA、HA、HA。
振り返ると、BLUE。
OVER THE RAINBOW、拾って、瞳に入れた。
痛くはないさ。BLUEだから・・・。
消えてしまった。雲も霧も鳥も。
フラッシュバックで、ずっと消えて、BLUEだけが、突き進む。
いい日だった。
透明な瞳で、脳細胞をはじくと、蒼ざめた陰が揺れ、蒼い音がこだまする。
甦れ! 未来に渇いているもろもろの記憶。HA、HA、HA。
PAINT IT’BLUE!
PAINT IT’BLUE!
HA、HA、HA。 』
響子は、あいつの遺作だと言う。
響子との出会いは、あいつとの出会いでもあった。
圭介は、響子のバンドのギタリストで、それに、後で知ったことだが響子の男でもあった。
『別にありふれた話だろう。どうでもいい事だ、そんなことはね』
それが圭介の弁。
『圭介もあたしも、今はあなたが気に入っているわ。ノープロブレム。他に何か訊いていきたいことは?』
それが響子の弁。
俺達は、新しいバンドを組んだ。
俺にも圭介にも最後のバンドになった「ラヴィアンローズ」えらくエキセントリックなバンドだった。
ちっぽけな世界では伝説という遺物になってしまったバンド。
圭介のギタアは人の頭の中を逆撫でし、響子のヴォーカルは、煽り立て、俺のベースは・・・
何だったのか・・・。
響子の今のバンドは、「ジョプリンローズ」。
結構、インディーズでは受けている方だろう。新旧取り混ぜた信者が付いている。
「ちわぁ!ジャンクさん!」
俺の過去は、こういうところでは生き続けている。
切り裂いたピストルズのTシャツの卓矢は、無邪気な瞳で飛び付いて来た。
「まだ、ステンさんは、行方不明なんすか?」
「ああ」
「いいっすね!あの人は、やることがいつも半端じゃなくてカッコイイ!」
「どこが」
「全部ですよ!奥さんまで貰っちゃうし。貸しちゃうし。あ、こ、こんちわ」
「こんにちわ」
「じゃあ、また後で。俺のベースしっかり聴いてて下さいよ!」
卓矢は一応俺の後継者だ。ステンの圭介に憧れて入って来たところを、ベースにコンバートさせたのは、
俺と響子と圭介だった。
奴のギタアは、はるかに、騒音を通り越していたから。