SCRAMBLE

 

 

「あれ、あいつは?」

  利華は、スタジオの扉を開けるなり言った。

「ん?彼?どうしてるんだろうね」

  一至は、雑誌を捲りながら、顔を上げずに言った。

「ヤツかぁ、なぁ?」

  祥之は、ゲームのコントローラーを握り締めて、画面を見つめたまま言った。

 

「録りは終わってるんでしょ、彼の分は」

「ああ、あいつのトコはね。それで、ええんかな、あいつ」

「いいんじゃないの。後はお前の仕事だろって、ヤツは思ってるぜ」

「あいつだけじゃないだろう。お前らだって。あ、何で今日、来てんだよ」

「だって、オーケストラ、観たいじゃん。な、一至」

「そうそう」

「たくよぉ」

 

 途切れた会話。空間らしい空間。そこに詰まっているものは何なのか。

 

「ヤツ、ちゃんと生きてんのかな」

「殺しても死なんね。彼は」

「あいつって、そうかぁ?」

「そう思わない?だって彼だよ」

「まぁ、そっか。あいつだもんな」

「でもよぉ、ヤツだって、病気くらいはするんじゃない?」

「……。」

「大丈夫なんじゃない。彼のことだから」

「だよな。あいつだもん」

「そっかぁ、ヤツだしな」

 

 それにしても、その各代名詞を統合する固有名詞は、誰の口からも、発せられはしない。

 

『彼に会いたい』

『あいつに会いたい』

『ヤツに会いたい』

 

 オーケストラの音色に、その笑顔が浮かんでは、溶けてゆく……。

 どこか痛くて、とても切なく、だけど、多分、どうしようもなく、……。

 

                            1999.7.29