あいつ

 

「今日、付き合える?」

「飲みに行くってこと?だったら、いいよ」

「だけじゃなかったら?」

「ヤだ」

「なんで?」

「違う気分だから」

 

 違う気分。それがどういう意味なのか、あいつの言葉はいつでも足らない。

 だけど、訊き返せもしない。何が、どう、違うのさ。 

 足らない言葉は、あいつの優しさからなのか、単なる馬鹿さ加減からなのか、わからない。

 どっちにしろ、それが、あいつの、あいつらしいところではある。

 そんなことを考えながら、いつものカウンター、一人で飲んでいる。

 それだけで、良かったんだよな。そう、実際、こうして、一人で飲んでいるなんて。

 あいつが、隣りにいてくれれば、そう、それで良かったんだ。

 何か、後悔。結構寂しくなっちまった。いや、もの凄く寂しいじゃないかぁ。

 

「クスッ」

「ん?!」

 感じ慣れた気配が、カウンターの端に現れた。

 あいつ、いつから、そうやって、気配を消していやがったんだ。

「何でなんだよ!そんなとこで!」

 笑顔になりそうになるのを、必死でこらえて、出来る限りのぶっきらぼうで……が、努めた分だけ、

 デカくなってしまった声。

「だけなら、付き合うって言ったし」

 あいつは、笑っている。

「お、おう」

 もう、ダメだ。

 笑顔を我慢するのは、最も苦手だ。限界。最上級の笑顔になっちまったじゃないか。

 で、どうするんだ。移動するのは、俺か、あいつか。どうするんだ。どっちなんだ。

「空いてるよ」

 やられた。

 隣りの席を指すでもなしに、また、言葉が足らないだろう!何が、どう、空いているのさ。

「利〜華」

 呼ばれちまったじゃないか。じゃあ、しょうがない。グラスを持って、動きますよ、はいはい。

 あいつの気が変わらぬうちに。

 そして、「違う気分」が変わってくれているかもしれないことを、ほんのちょっと期待しつつ。

「乾杯!」

 まぁ、いっか。こうして「こいつ」が、しっかりと俺の横にいるんだからな、今は。

 

                                 1999.7.28