彼
「ねぇ、本当は、誰が一番なの?」
「今は、一至」
「それじゃあ、昨日は?」
「誰も」
「一昨日は?」
「利華だったかな。祥之だったかな。忘れた」
「明日は?」
「知らない」
彼は、屈託の無い笑顔で素直に答える。面倒臭がっているようでも、とぼけているようでもない。
それが、彼の中にある真実なんだ。
彼は、その心の中に、誰をも棲まわせない。いや、正確に言うのなら、誰も、そこまで辿り着けない。
彼が、本当は何を想って、何を考えているのか、誰にもわからないのだ。
「どうして、いつも、同じこと、訊くわけ?」
「「今は一至」って聴けるから」
「そんなこと。誰にでも言うよ、俺」
「他の奴に向って、「一至」とは言わないだろ」
「あはっ。それはそうだね。別のカズシが現れない限り」
「どうして、そんなコト、言うのさ」
「思ったことは、口にするよ。ん、んっ」
ならば、その口を塞ぐしかないよね。
ああ、でも、仕掛けたはずの俺は、いつでも、かなわない。彼のキスは、完全に俺を制圧する。
大胆に弾かせるその舌先と、繊細な動きの唇で、すっかり俺の身体は、熱くなり、
すぐにも溶け出してしまいそうだ。
だから、たまらずに、しがみつく。より強く、それを感じたくて、彼の髪にしがみつく。
ああ、息が出来ないよ!
そう、仕掛けた俺を、彼は、極限まで、許してはくれない。
「はぁ〜ぅ!はぁぁ〜っ」
俺は、肩で息をする。彼の呼吸は、少しも乱れない。
「好きだよね。一至は、これが一番」
お見通し。彼は悪戯っぽく、俺を見つめて微笑む。
もう、彼のペースだ。
そうして、みんなが、陥ちて行く。みんなが、みんな、陥ちて行く。
彼という、とてつもない、迷宮へ……。